コカコーラの誕生からそして今 ![]() |
※情報を整理中ですが矛盾点や確実ではない情報が含まれています。掲載されていない新しい情報やその他の情報などお待ちしております
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1885年 |
ジョージア州アトランタ市マリエッタ街107番地の二階家で、薬剤師ジョン S. ペンバートンは増血剤や咳止めのシロップなどを作っていた。 ソフトドリンクの開発にも取組んでおり、鎮静強壮効果の有る飲み物で「フレンチ・ワイン・コカ」の開発に成功 |
![]() コカコーラ誕生の地 |
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1886年 |
5月頃:昨年開発した「フレンチ・ワイン・コカ」に改良を重ね、まったく新しいシロップを完成。 共同経営者であるフランク・M・ロビンソンの発案によりCoca-Colraと命名される 5月29日:地元の新聞紙 『アトランタ・ジャーナル』に掲載されたコカ・コーラの最初の新聞広告("Coca-Cola Delicious! Refreshing! Exhilarating! Invigorating!"(コカ・コーラおいしく! さわやかに! 軽やかに! 元気はつらつ!) 炭酸水をはじめて混ぜ合わせる(仮説) (ジョン・G・ウィルクスが薬局で頭痛を癒すためにコカ・コーラを注文したところ、店員が水を加えるところを間違えて炭酸水を混ぜてしまい、それがウィルクスの頭痛をすっきりと治したのがきっかけで、一気に人気が爆発した) 製造販売を始め、アトランタ市最大の薬局「Jacobs` Pharmacy.」のソーダ・ファウンテン」で水や炭酸を混ぜ出されていて炭酸で割ったものが特に人気だった。1杯5セント 初年度販売量は約95リットル また、アトランタ最大のソーダ水の王と呼ばれる「ベネブル」の店で扱われその名は一気に知れ渡る。 売上額50ドルに対して46ドルの宣伝広告費 |
![]() ペンバートン博士&ジェイコブス・ファーマシー ![]() ソーダファウンテン |
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| 1887年 明治20年 |
アトランタ市の薬種業者エイサ・G・キャンドラーが、ペンバートン博士から コカ・コーラに関する製造販売権利を買取る | ||||||
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| 1888年 明治21年 |
※未確認情報 |
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| 1891年 明治24年 |
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| 1892年 明治25年 |
エイサ・G・キャンドラー氏により1月:The Coca-Cola Company設立 キャッチフレーズとして「Delicious and Refreshing」 (おいしく、さわやか)を初めて採用(初代社長キャンドラー提案) 積極的な宣伝広告とルートセールスの採用によりコカコーラをボトルに詰めさせてボトラー制を築く。 |
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| 1893年 明治26年 |
1886年以来採用してきた「Coca-Cola」の商標登録を合衆国特許局に登録、 以後必要年度に登録更新を行う |
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| 1894年 明治27年 |
ミシシッピー州ビックスバーグに住むジョセフ A. ビーデンハーンにより、 初めてコカ・コーラの瓶詰めが行われる。 ビー玉で栓をする「ハチンソン・ボトル」 この瓶詰めはファウンテン・シロップを用い、 販売はビックスバーグ地区に限定された |
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| 1896年 明治29年 |
コカ・コーラを模倣する業者が現れる。似せた商品の数は7,000種類以上に上る。 個人や団体から金銭目当てによるクレーム攻撃を受ける |
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| 1899年 明治32年 |
ザ・コカ・コーラ カンパニーは合衆国大陸部のほとんど全地域にわたる コカ・コーラの瓶詰め、ならびにその販売を行う権利を、テネシー州チャタヌーガ在住の ベンジャミン F. トーマスとジョセフ B. ホワイトヘッドに与える。 これによって大規模なコカ・コーラのボトリングが可能となる |
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| 1900年代 明治33年 |
王冠で栓をするボトル「ストレート・サイド・ボトル」に使用が変更されはじめる。 | ||||||
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| 1904年 明治37年 |
コカ・コーラの年間販売量が100万ガロン台に達する |
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| 1905年 明治38年 |
コカコーラに似せた商品の数は7,000種類以上に上る。 | ||||||
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| 1906年 明治39年 |
広告費は50万ドルに達成。 | ||||||
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| 1913年 大正2年 |
米コカコーラ・ボトラーズ協会の結成 | ||||||
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1914年 |
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1915年 |
現在、世界中で使われているスタンダード・ボトルがインディアナ州ティアハウスの ルート硝子会社員、アレキサンダー サミュエルソンによってデザインされる | ||||||
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| 1916年 大正5年 |
類似を防止する為からオリジナルのボトル(コンツァーボトル)を開発、特許登録
日本で明治屋から始めてコカ・コーラの発売が開始される |
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| 1915年 大正4年 |
1日に300万本の売り上げを達成 | ||||||
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| 1920年 大正9年 |
コカ・コーラの愛称「Coke」が認められる | ||||||
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| 1921年 大正10年 |
全ボトラー参集による初めてのボトラー総会が、アトランタ市で開かれる | ||||||
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| 1923年 大正12年 |
商標を守る為コカコーラ法律手引書を作成 | ||||||
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| 1924年 大正13年 |
運びやすいように瓶を6本で一まとめにしたカートン販売を開始。家庭に広く普及 | ||||||
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| 1928年 昭和3年 |
5代目社長は「いつでも どこでも 誰にでも」をセールスマンきょういく「」コカ・コーラの歴史がはじまって以来、瓶詰めCokeの生産量が、 ソーダ・ファウンテンでの販売量を初めて超える | ||||||
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| 1929年 昭和4年 |
キャッチフレーズ「The Pause That Refreshes」 (さわやかな、いこいのひととき)を初めて採用 コールド・ボトル・マーケット用横型のアイス・クーラーを開発 |
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| 1930年 昭和5年 |
The Coca-cola Export Corporation(C.C.E.C)(ザ・コカ・コーラ エクスポート・コーポレーション)創設 ボトラー向けとして、最初の自動冷却式クーラーを開発 |
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| 1935年 昭和10年 |
海外におけるコカ・コーラの販売地域は、70カ国におよぶ |
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| 1937年 昭和12年 |
米ザ・ベンドカンパニー社によって開発された「レッド・トップ」という自販機が最初で、アメリカ各地で積極的に利用されました。 | ||||||
| 1937年 昭和12年 |
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| 1944年 昭和29年 |
コカ・コーラのシロップ生産量が10億ガロンに達する | ![]() |
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| 1945年 昭和20年 |
8月、アメリカ合衆国に商標名「Coke」を商標登録 |
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| 1947年 昭和22年 |
「日本のコカコーラ事業の父」小網商店の高梨仁三郎社長は 日本の問屋制度に矛盾を感じている折に 米コカコーラのFC(フランチャイズ)制に魅せられ 日本でのコカコーラ販売を決意。 だが、日本での販売には2つの問題。 まず、米コカコーラらかFC制の承認を得る。 のと、コカコーラの原料を輸入する事。 輸入する為には日本政府から外貨割当を得ることだが関係業界から反対運動などもあり国会で議論されるほど困難であった。 |
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| 1953年 昭和28年 |
コカ・コーラのシロップ生産量が20億ガロンに達する | ||||||
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| 1955年 昭和30年 |
従来のレギュラー・サイズに加えて、キング・サイズならびに プレミックス機の生産、使用をはじめる 缶入りコカ・コーラを初めて製造。販売は、極東のアメリカ軍に限定 イタリア、ナポリのボトラーが、新しい清涼飲料「Fanta」オレンジを初めて製造販売する |
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| 1956年 昭和31年 |
11月:高梨仁三郎氏の熱意により構想より9年で日本ではじめて東京飲料株式会社(後の東京コカ・コーラ ボトリング株式会社)設立 日本初の正規販売店として在留米軍と一部の民間に販売開始。 |
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| 1957年 昭和32年 |
3月:初めて日本人の手により製造販売の業務が開始される。日本初の東京コカコーラボトリングから米軍へ納品される。 5月8日:東京コカコーラボトリングが民間用コカコーラを発売。 (農水省認可の大阪、名古屋等の大都市を含む96ヵ所で) 発売価格は35円(内、瓶代15円) 6月25日:日本飲料工業株式会社設立(後の日本コカ・コーラ株式会社) 9月:米軍の要請でファミリーサイズ(1PT.、26オンス・770ml.)を発売 (不振の為翌年8月に販売中止・販売数285ケース) |
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| 1958年 昭和33年 |
3月15日:日本飲料工業株式会社から日本コカ・コーラ株式会社と社名変更 |
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| 1959年 昭和34年 |
コカ・コーラのシロップ生産量が30億ガロン台に突入 小・中・高校にコカコーラの大量サンプリングを無料で開始 |
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| 1960年 昭和35年 |
9月、近畿飲料株式会社を大阪市に設立(後の近畿コカ・コーラ ボトリング 株式会社) 12月、北九州コカ・コーラ ボトリング 株式会社設立 |
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| 1961年 昭和36年 |
新飲料スプライトの販売開始 4月、コカ・コーラのマス・メディアによる広告活動が開始される 5月、中京コカ・コーラ ボトリング 株式会社設立 7月10日:富士コカ・コーラ ボトリング 株式会社設立 10月、コカ・コーラの原材料輸入に関するあらゆる制限が撤廃 また、販売箇所、広告活動などの諸制限もすべて廃止される |
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| 1962年 昭和37年 |
1月:近畿飲料株式会社から近畿コカ・コーラ ボトリング 株式会社に社名変更 6月、長野コカ・コーラ ボトリング、仙台コカ・コーラ ボトリング、 8月、南九州コカ・コーラ ボトリング 株式会社設立 10月、みちのくコカ・コーラ ボトリング 株式会社設立 「スカッとさわやかコカ・コーラ」のCMがラジオで放送され、全国に広まる 12月、三笠コカ・コーラ ボトリング 株式会社設立 |
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| 1963年 昭和38年 |
1月、四国コカ・コーラ ボトリング、山陽コカ・コーラボトリング、 8月、三国コカ・コーラ ボトリング 株式会社設立 |
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| 1964年 昭和38年 |
10月、東京オリンピック大会開催 日本国内16ボトラ−が東京五輪記念無料試飲キャンペーン 12月に“東京・長野・三国・利根コカ・コーラホーム・サイズ(500ml)を“ペプシに負けるな”と緊急に発売 |
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| 1965年 昭和40年 |
3月東京コカは早々に自前のラインを導入し、その後500mlを猛烈に販売 8月:缶入りコカ・コーラ(250ml.)登場(この時はオープナーがついていて、飲み口と空気口の2ヵ所の穴を開けて飲む) 1965-66Bottle Diamond CAN(JAPAN)with Opener “ホーム・サイズ500ml・日本全国発売”は、丸1年後の1965年の12月です。 (北海道は66年、沖縄は67年発売) コカ・コーラの消費量が日本の清涼飲料シェア第1位 |
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| 1966年 昭和41年 |
2月、近畿コカ・コーラ ボトリング株式会社が美原に建設した第2工場に、 4月、コカ・コーラ ボトラーズ育英資金制度発足 |
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| 1967年 昭和42年 |
缶入りファンタ(350ml)登場 コカコーラボトラーズ協会設立 |
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| 1968年 昭和43年 |
米国で新しいコカコーラのトレードマーク”ニュールック”使用開始 沖縄コカ・コーラ ボトリング株式会社設立、日本で17番目のボトラーとなる コカコーラ「ミニボトル・プレゼント」実施 コカコーラのCMにフォーリーブス |
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1969年 |
PR誌「爽」創刊 コカコーラのCMにピンキーとキラーズ、ワイルドワンズ |
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| 1970年 昭和45年 |
「こんにちは、美しい日本(Keep Japan Beautiful)」運動 (KJB運動)を開始 |
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| 1971年 昭和46年 |
トレードマークが円形(ディスク)から長方形(スクエア)「ニュールック」が日本でも使用される スプライト瓶(200ml.)発売開始 |
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| 1972年 昭和47年 |
1月:ホームサイズ(500ml.)発売再開 コカコーラとスプライトを350ml.缶で新発売(70円) ”コークの世界”CMを放送 |
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| 1973年 昭和48年 |
コカコーラレギュラーサイズ(190ml.)を35円から40円に値上げ HI−C(255gおよび510g缶)発売開始 ドクターペッパーを東京コカがフランチャイズで発売開始 (※2002年現在、東京・富士・三国・利根・沖縄の5ボトラーズで発売されている。) |
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| 1974年 昭和49年 |
※石油ショックとインフレが世界をおそう コカ・コーラ 1リットル・サイズ発売開始(150円と瓶代30円)(12月/長野コカ) |
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| 1975年 昭和50年 |
コーヒー飲料、ジョージア250ml.発売開始。(100円) | ![]() |
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| 1976年 昭和51年 |
東京でコカコーラ300ml.瓶を60円で長野で350ml.を瓶を発売 10月:“Come on in.Coke”キャンペーン開始 |
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| 1977年 昭和52年 |
東京、北海道、みちのく他でコカ・コーラ 1リットル・サイズ瓶150円で発売 | ||||||
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| 1980年 昭和55年 |
モスクワ オリンピック大会での公式飲料として、コカ・コーラが認められる 4月:コカコーラ・レギュラーサイズ(190ml.)を50円で販売していたが60円に値上げ 同時にホームサイズ(500ml.)90円を100円に値上げ 三国コカでコカ・コーラ500ml缶発売 |
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| 1981年 昭和56年 |
4月:中国で始めてのコカ・コーラボトリング工場が北京に完成 東京コカ・コーラ25周年記念復刻型300ml ボトルを100円で発売 |
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| 1982年 昭和57年 |
米国でダイエット・コークが売り出される。 「コカ・コーラスーパー300ボトル」(ダルマ型)全国で100円にて発売 利根コカ、20周年記念復刻型300ml ボトル発売 3月、コカ・コーラ1.5リットルサイズ瓶、東京コカ地域で限定発売 三国コカがコカ・コーラ1.5リットルサイズ・ペット(PET)ボトルを300円で新発売 |
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| 1983年 昭和58年 |
コカ・コーラ1.5リットルサイズ・ペットボトル全国発売 5月、アクエリアス 6月、メロウイエロー(スーパー300ボトル)発売 |
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| 1984年 昭和59年 |
低カロリー飲料 コカ・コーラ ライト(1kcal未満)(スーパー300瓶)100円で発売開始 | ![]() |
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| 1985年 昭和60年 |
”Coke is it!”キャンペーン開始 チェリー・コーク(スーパー300ボトル)関東4地区で発売 |
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| 1986年 昭和61年 |
ザ・コカ・コーラ カンパニー100周年記念祭をアトランタで挙行 100周年祝賀パーティー開催−東京、高輪で挙行 スーパー300だるまボトルが100周年を記念して50円引きで発売 チェリー・コーク全国で発売(99年ぶりにコークの味を変更) |
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| 1987年 昭和62年 |
、“I Feel Coke!”キャンペーン開始 、トレードマークが波ライン「コンツール・カーブ」入りの四角いデザインに「スカッと爽やか」から「爽やかテイスティ」に変更 「コカ・コーラ200ml」入り瓶、富士コカと東京コカ地区限定でテスト販売 190ml レギュラーサイズに赤ラベル新登場 チェリー・コーク販売終了 日本コカ・コーラ社(株)創立30周年 |
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| 1988年 昭和63年 |
I Feel Coke&Sound Specialプレゼントキャンペーン開始 プルトップを集めて応募すると、抽選でテレフォンカードかビデオ・テープが当たるという販促企画でプレゼント |
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| 1989年 平成元年 |
「コカ・コーラミディ500」みちのくコカで発売 コカ・コーラ ライト新フォーミュラで再発売 |
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| 1990年 平成2年 |
「ワールド・オブ・コカコーラ」をアトランタに開設。 | ![]() |
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| 1991年 平成3年 |
平成3年、コカ・コーラ(リフレッシュボトル)300ml発売 | ||||||
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| 1992年 平成4年 |
カフェインフリー・ダイエットコーク発売 年末、300mlリフレッシュボトルにサンタクロース・イラストボトル4種類発売 缶コカコーラ(250・350ml.)の販売価格が110円に値上げ |
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| 1993年 平成5年 |
”Always Coca−Cola”キャンペーン世界同時スタート 3月、透明コーラ、「タブ・クリア」350ml缶新発売、富士、三国コカ他 アトランタ五輪記念250mlボトル4種類、三笠、中京コカ他で発売 |
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| 1994年 平成6年 |
70円試飲ワンウエーボトル250m発売、三国コカ他 全世界の清涼飲料水販売量において過去最高の46%のシェアをしめる 銀座に世界最大のコカ・コーラのネオンサインを設置 |
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| 1995年 平成7年 |
ジョージア[ゾット]登場 ジョージア「やすらぎパーカー」プレゼント 「1リットルおかえりボトル」5代目1000ml リターナブル (再使用)ガラス瓶が復活、 山陽コカが発売。240円で50円戻る 10月2日:コカ・コーラ ナショナル セールス株式会社設立 大手ナショナルチェーンのスーパーマーケット・コンビニエンスストア向けにコカ・コーラ社商品の販売を全国15社のコカ・コーラボトラーにかわり営業活動を行っています。 |
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1996年 |
アトランタにてオリンピック開催。 オリンピックチャレンジプレゼントプロモーションスタート。金メダルコース(8万円相当)・銀メダルコース(4万円相当)・銅メダルコース(1万相当)があたる。 ジョージア「がんばってコート」プレゼント。 5月、仙台コカ・コーラにて関係者限定で「蔵王工場落成記念ボトル」贈られた。 |
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1997年 平成9年 |
Enjoy Summer '79「夏組グッズ」プレゼントプロモーションスタート。夏を満喫するアウトドアセットやアウトドアCDラジカセなどが当たる。募集期間は7/1から8/31
長野プレゼント。 |
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1998年 平成10年 |
スカッと冷ポーラーベアグッズプレゼントプロモーション。 自販機で当たり缶がたて当たる!ポーラベアグッズ! 長野五輪記念コカ・コーラ190ml、JR松本駅や会場で発売、 この年のキャンペーンで当選者の名前入り空ボトルが当たった 4月15日、東京ディズニーランド開園15周年記念ボトルを3000本キャストに配布 |
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| 1999年 平成11年 |
7月:コカ・コーラウエストジャパン株式会社誕生(陽コカ・コーラボトリング株式会社と北九州コカ・コーラボトリング株式会社が合併) は合併し、コカ・コーラウエストジャパン株式会社 地域:中国地区5県(広島、岡山、山口、島根、鳥取)及び北部九州3県(福岡、佐賀、長崎) コカ・コーラタッチ ザ グローブ ライブ2000プレゼントプロモーション。小室哲也ファミリーの「globe」が全国5箇所でクラブ感覚のコンサートを開催。6000組1万2000名にチケットを抽選にてプレゼント。 11月:福岡ドーム関係者限定で福岡ダイエーホークスV1優勝記念ボトルを配付 12月:ミレニアム(2000年)記念復刻型300mlボトル、300円で全国発売 |
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